親方は僕の仕事ぶりを良く思っていなかったらしい。
ある日、僕は住み込みの家の台所に呼ばれた。
親方は僕に「放牧地に行ってみないか?」と聞いてきた。
言葉の意味がよくわからなかったため、詳しく聞いてみると「ここではもう雇えないから、他の牧場を紹介する。」という事をかみ砕いて話してくれた。
放牧地に行ってみないかというのは、僕に対してクビを宣告するための言い回しであり、親方の配慮であった。
僕は相当ショックを受け、その話をうけるか、このまま実家に帰るか悩んでいた。
今まで仕事で評価されないのはまだしも、クビを宣告されたのはこの時が初めてであった。
その夜、標準語の男性を呼び出し、いつも2人で行く温泉に行った。
そこで事の成り行きをすべて話した。
落ち込んでいる僕に対して彼は、その話を受けるべきと説得してくれた。
彼は東京大学出身の優等生であり、何を質問してもちゃんとした答えを返してくれるまさに好青年。
勉強だけでなく考え方そのものもしっかりとした尊敬できる人であった。
そんな彼が在学中に家庭教師のアルバイトをしていた時、息子の成績が上がらない事に対して親御さんに文句を言われ、クビになる事があったという。
彼が言うには職場や人間関係には相性があり、クビになる事なんてどうってことないし、そんな事は落ち込む事ではないという。
捨てる神あれば、拾う神ありだという。
そんな言葉に僕は勇気をもらった。
次の日、親方に「ぜひ紹介してください」と話し、僕は他の牧場に移る事となった。
そして移動する朝、車で親方に酪農協会のようなところへ連れて行ってもらう事になった。
その家族と標準語の男性もついてきてくれる事となった。
車の中で僕は不安の渦に巻き込まれていた。
いったいどこに連れて行かれるのだろう・・・。
どんなところに行くんだろう・・・。
どんな人たちがいるんだろう・・・。
僕はずっとドナドナの曲が頭の中を駆け巡っていた。
続く…
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