中学1年の頃、学年全体で百人一首競技大会が行われる事となった。
ルールは班ごとで対戦する団体戦で、各班は別のクラスの班と1度だけ対戦し、一番勝利数の多いクラスが優勝となる。
何でもない校内の恒例行事かと思っていたのだが、うちの担任はちがっていた。
国語の先生という事もあってか、その大会については、他の行事より少しだけ熱がはいっていた。
その指導方針というのがすごくて、20年以上たった今でも忘れられないので、話してみたいと思う。

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百人一首はいわば、百枚ある札に、歌人が詠ったとされる和歌が書かれている。
競技は上の句が書かれた「5・7・5」の部分を読み手が読み上げ、下の句が書かれた「7・7」の札をいち早く手に取った者(チーム)のポイントとなり、より多いほうが勝ちとなる。

100ある和歌を、決められた期間内で、誰もが暗記できるわけないと思っていた。

しかし、その先生は100ある和歌の上の句の最初の文字を五十音順にして6つに分け、6人いる班のひとりひとりに別々のプリントを配った。
班の中で1人1人担当が分かれ、あ行担当・か行・さ行・た行担当といったように1人あたりの担当は16句ぐらいで均一に分けられた。
そして覚えるのは上の句の最初の5文字とそれに対する下の句の最初の7文字だけ。
上の句の最初の5文字を読むと、下の句の最初の7文字がわかるようになればいいというもの。
これだけで、1人1人が覚える単語や文字数は最小限に抑えられる。

学校風景

そして、定期的に小テストが行われ、各担当ごとのテストプリントには上の句の最初の5文字だけが書かれていて、下の句の最初の7文字だけを書いていくというもの。
それを暗記して機械的に繰り返していると、上の句を少し聞いただけで下の句が頭に思い浮かぶようになる。
放課後にクラス内だけで、班対抗の練習試合を行ったりもして、実践も身につけていった。
札の取り方や、配られた札がある位置を覚えたりする事も教えてもらった。

さらにこの手法のいいところは、読み手が読み上げる最初の一文字を聞いただけで、集中力を高めたり開放したりできるところ。
最初の一文字で自分の担当する札か否かがわかるので、無駄な体力や気力を消費せず、必要なときに最大限の集中力を発揮することができる。
中学1年生の集中力でも、その手法を持ってすれば、むしろ簡単なものになり、みな楽しさを覚えるようになっていた。

その甲斐あって、競技大会ではうちのクラスはほぼすべての班が勝利し、クラスは圧勝し優勝したのである。
読み手が読み初めて1秒もたたないうちに、ダイビングキャッチして札を取るのはさすがに気持ちよかった。
相手チームは完全に引いていたが、、うちのクラスでは当たり前の事。
でも、それだけ鍛えられると競技大会では他のクラスなんてまるで相手にならず試合にならなかった。
やはり一番楽しかったのは同じクラス内での練習試合だったのをよく覚えている。

担任の先生はきわめて淡白で、学校内でもあまり好かれるタイプではなかった。

しかし、精神論をたたきつける熱血先生なんかより、よっぽど指導方針は優れている。

早くて、合理的で、現実的なその指導は大人になった今でも、当時の先生に対して感銘を受け尊敬に値する。
そして今では仕事を進めるにあたって、当時に受けた指導を元に、合理的でいかに効率よく作業できるかを考える事が僕の思想の根本となっている。
それが活かされていると感じることで、先生にはただただ感謝の気持ちでいっぱいになる今日この頃である。

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