野球ひじに悩まされた人生から得たもの

野球ボール 世の中って!?エッセー
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“せっかく”という言葉。皆さん口にした事はよくあると思う。
あまりいい言葉とは言えないし、あまり聞こえのいいものではない。
しかし使い方によってはその言葉が人の人生を救うほどの素敵な言葉に生まれ変わる時があるのです。

僕はこう見えて昔、野球しか考えられない時期があった。
三度の飯より野球が好きっていうぐらいうちこんでいて、当然甲子園に出ることが夢だった。
しかし小学校の時から続けていた野球人生も、中学を最後に幕を閉じたのである。

中学三年の頃にひじが痛くなるのを覚え、地元の病院に通い電気治療などをしていたのだが、
とうとう中学校生活最後の試合の日にひじをこわしてしまい、一生ボールが投げられない体になってしまった。
もしそれが、最後の日でなければ、高校に入るまでに体ができあがり、うまくまぬがれていたかもしれない。
成長途中の体にかかる負担は意外にも少なくはなかった。
今から考えると、無茶をしすぎていたのかもしれない。
まったく中学最後の試合でこうなるなんて、運命っていうのはなんて皮肉なものなのだと、神を恨んだものである。

そんな僕は、たった一つの夢を失い自暴自棄になっていた。
何を生きがいにして生きていけばよいのか?
このまま、高校に進学してもする事なんて何一つない。
ただこのまま時をやりすごすだけじゃないのか?

しかし、そんな時にふと思ったのである。

「せっかく練習しなくていいんだから他の事をしよう」

「せっかく時間ができるんだから今までできなかった事をしよう」

何かがふっきれた僕は高校に入りアルバイトをしてみた。
初めてもらった給料でエレキギターを買いバンド活動に参加するようになった。
同じクラスの好きな女の子に告白をして毎日一緒に学校から帰った。
16才になってバイクの免許をとり、放課後になると峠へ走りに行った。
もう、毎日が新鮮でたまらなく楽しかった。
今、思うと野球に専念していた頃よりも人生が充実していたかもしれない。

今でも時々ひじが痛む時がある。
その度に最後の試合の記憶が未だに脳裏をよぎる。
しかしその頃の経験があるからこそ、今の自分があるのだと、今は本当に実感している。

あの時、僕は別の道を選び人生を変えた。
しかし本当に野球が好きな人であれば「せっかく投げられないのであれば、貴重な左投げに変えよう」でもいいし、やっぱりスポーツがしたいという人ならば「せっかく手が使えないのであれば、今度はサッカーを始めよう」でもいい。

挫折は必ずしも終わりを意味するものではない、与えられた転機なのである。

そんな”せっかく”という言葉、皆さんもうまく使って人生を変えてみてはいかがでしょうか?
きっとその先には素敵な経験と時間が待っているはずです。

この記事を書いた人
かのたつ

エンジニア兼ライター
新聞記者やシステムエンジニアの経験を経てWebライターに。各地を飛び回りながらコラムやエッセーを執筆しています。得意なジャンルは旅行・IT・転職など。自然や動物が大好きで、休日は一眼レフを持ってお出かけすることが多いです。

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